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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)212号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

倉地保幸

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第18337号事件について平成7年6月13日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年9月20日、名称を「電子ビーム露光方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第209405号)をしたが、平成5年7月23日に拒絶査定がなされたので、同年9月24日に査定不服の審判を請求し、平成5年審判第18337号事件として審理された結果、平成7年6月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年8月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

被露光材表面縁部に検出マークを備え、上記被露光材に電子ビームを照射して微細パターンを形成する露光方法において、次のa、bステップを繰り返し行って照射することを特徴とする電子ビーム露光方法

(a)電子ビームを検出マークを照射しその反射像を検出して電子ビーム照射位置を補正する工程.

(b)電子ビームを被露光材に1走査分照射する工程.

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された前項のとおりのものと認められる。

(2)これに対して、昭和54年特許出願公開第118777号公報(以下、「引用例」という。)には、「試料台上に設置されたウエーハに位置合せマークを有し、この位置合せマークをラスタスキャン方式の電子ビーム露光装置の電子ビームにより読み取って前記ウエーハの位置合せを行った後、…露光を行う…パターン露光方法。」(特許請求の範囲第1項)において、「位置合せマークを検出してはパターンの露光を行う操作を繰返しパターンの露光を一回の全面走査で行う」こと(特許請求の範囲第2項)、「ウエーハ上にすでに形成されているパターンに適合するように新たなパターンを露光する場合、すなわち位置合せが必要な場合には、露光直前にウエーハ上のチップ領域以外の部分に設けられた位置合せマーク13a、13bの位置を検出し、マーク位置の情報をもとに位置合せに必要な補正量を計算し、この補正量に従って新たなパターンが露光される。」こと(2頁左下欄7行ないし14行)、及び、位置合せマーク13a、13bはウエーハ11の表面縁部に備えられていること(第1図)が記載されている(別紙図面B参照)。

(3)そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明における「ウエーハ」、「位置合せマーク」、「パターン」は、本願発明の「被露光材」、「検出マーク」、「微細パターン」に相当し、また、本願発明における「1走査分」とは、その定義が必ずしも明らかではないが、明細書に記載された全趣旨からみると、「一旦検出マークを検出して電子ビーム照射位置を補正してから次に検出マークを検出するまでの間に、照射位置の補正を行わずに描画する範囲」であると認められるところ、引用記載の発明においても、露光直前に位置合せマークを検出してマーク位置の情報に基づいて照射位置を補正し、それからパターンの露光を行う操作を繰返しており、引用例記載の発明の「繰返される各パターンの露光範囲」が本願発明の「1走査分」に相当するものといえるから、結局、両者は、

「被露光材表面縁部に検出マークを備え、上記被露光材に電子ビームを照射して微細パターンを形成する露光方法において、次のa、bステップを繰り返し行って照射することを特徴とする電子ビーム露光方法

(a)電子ビームを検出マークを照射して得られる信号を検出して電子ビーム照射位置を補正する工程

(b) 電子ビームを被露光材に1走査分照射する工程」である点において一致し、「本願発明では電子ビームを検出マークに照射しその反射像を検出しているのに対して、引用例記載の発明では電子ビームを検出マークに照射して得られる検出信号が何であるのか不明である点」において相違するものである。

(4)この相違点について検討する。

電子ビーム露光において、位置検出マークに電子ビームを照射し、その反射電子像に基づいてビーム走査位置を補正することは、例えば昭和59年特許出願公開第135727号公報に記載されているように周知であり(以下、「周知技術」という。)、この周知技術の採用によって、本願発明が格別の作用効果を奏するようになったものとも認められないから、相違点に係る本願発明囲の構成は、単なる周知技術の適用であって、そこに格別の技術的意義を認めることはできない。

(5)以上のとおりであるから、本願発明は引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。

しかしながら、審決は、本願発明の技術内容を誤認して、本願発明と引用例記載の発明の一致点の認定を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)審決は、引用例記載の発明における「ウエーハ」は、本願発明の「被露光材」に相当すると認定している。

しかしながら、本願発明は、電子ビーム露光において被露光材としてフォトマスクを用いる場合の位置補正を的確に行うことを目的とし、フォトマスク上の異種物質等によって検出マークを形成することを特徴とするものである。

被露光材としてフォトマスクを用いる場合は、ウエーハのようにマーク検出を容易に行えない事情がある。すなわち、ウエーハには、段差があったり、Si、Mo、W等の材料を用いるので、マークを検出しやすい。これに反し、フォトマスクは、必ず1層であり段差も薄く、また、材料としてCrを用いることが多いので、通常の手段ではマークの検出が困難である。したがって、検出マークとして異種物質を用い、信号検出の感度を向上する特別の技術的配慮が必要である。

本願発明は、被露光材がフォトマスクであるときにおいて、被露光材が機械的に移動した場合でも、その露光位置を正確に位置合わせすることができるので、極めて正確に、かつ能率よく微細パターンを形成することできるという、特別に顕著な作用効果を奏するものである。

(2)以上のとおりであるから、本願明細書の全趣旨、特に「この発明においては、(中略)フォトマスク上の一点に異種物質15等により検出マーク12を容易に形成することができ、かつフイルタ回路、微分回路を設けてあるため容易にマーク検出することができるため、高速で高精度の電子ビーム描画が可能である。」(6頁3行ないし8行)という記載を参酌すれば、本願発明が要旨とする「被露光材」は、「フォトマスク」に限定して理解されるべきであって、「ウエーハ」まで含むものと理解することは不合理である。

しかるに、審決は、本願発明のこのような特徴を考慮することなく、本願発明が要旨とする「被露光材」は「ウエーハ」をも含むものとし、引用発明における「ウエーハ」が本願発明の「被露光材」に相当すると誤って認定したものである。そして、この一致点の認定の誤りが、本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(3)なお、被告が指摘する本願明細書の「この発明は例えば、半導体ウエハあるいはフォトマスク等の基板上に電子ビームを照射して露光することにより微細パターンを形成する電子ビーム露光方法に関するものである。」(1頁14行ないし17行)という記載は、本願発明が電子ビーム露光方法に関するものであり、ここにいう電子ビーム露光方法は半導体ウエーハあるいはフォトマスク等に適用されるものであることを、概括的かつ一般的に説明したものにすぎないし、「電子ビーム露光においてはフォトマスク等の基板、すなわち被露光材1を露光する」(2頁6行ないし8行、昭和61年6月16日付け手続補正書2頁7行、8行)は、従来技術の説明部分である。なお、本願明細書には不適切な記載があることは否定しないが、これは特許法36条所定の要件を満たしていない旨の拒絶理由通知が発せられ、補正されれば足りる性質のものにすぎない。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

(1)原告は、本願発明が要旨とする「被露光材」は「フォトマスク」に限定して理解されるべきであると主張する。

しかしながら、発明の要旨認定は、特段の理由がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであって、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特別の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。

本願発明の特許請求の範囲には、その対象とするものが「被露光材」と記載されており、その技術的意義は一義的に明確である。のみならず、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「この発明は例えば、半導体ウエハあるいはフォトマスク等の基板上に電子ビームを照射して露光することにより微細パターンを形成する電子ビーム露光方法に関するものである。」(1頁14行ないし17行)、「電子ビーム露光においてはフォトマスク等の基板、すなわち被露光材1を露光する」(2頁6行ないし8行、昭和61年6月16日付け手続補正書2頁7行、8行))と記載されているのであるから、本願発明が要旨とする「被露光材」を「フォトマスク」に限定して解釈すべき根拠は全くない。

(2)この点について、原告は、本願明細書の6頁3行ないし8行の記載を援用して、本願発明が要旨とする検出マークはフォトマスク上に異種物質により形成されるものであると主張している。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲においては、「検出マーク」はフォトマスク上に異種物質により形成されるものに限定されておらず、本願明細書の発明の詳細な説明の欄にも、「検出マーク12は第2図(a)、(b)に示すように、被露光材1に異種物質15を形成するもの、あるいは第2図(c)、(d)に示すように凸部、凹部を形成してあるもの、さらには第2図(e)に示すように平面状に形成してあるもの等がある。」(5頁5行ないし9行)と記載されているのであるから、本願発明が要旨とする「検出マーク」を、フォトマスク上に異種物質により形成したものに限定して解釈すべき根拠もない。

(3)以上のとおりであるから、本願発明が要旨とする「被露光材」は、「フォトマスク」に限定して理解されるべきであるという原告の主張は、明らかに失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第4号証(特許願書添付の明細書及び図面)、第5号証(昭和61年6月16日付け手続補正書)、第6号証(平成1年6月26日付け手続補正書添付の図面)、第7号証(平成4年1月17日付け手続補正書)及び甲第8号証(平成5年10月22日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が、下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。なお、平成4年1月17日付け手続補正書による字句の補正については、引用箇所の摘示を省略する。)。

(1)技術的課題(目的)

この発明は例えば、半導体ウエーハあるいはフォトマスク等の基板上に電子ビームを照射して露光することにより微細パターンを形成する電子ビーム露光方法に関するものである(明細書1頁14行ないし17行)。

半導体装置を製造する際には写真製版工程が必要不可欠であるが、最近は微細パターン形成に電子ビーム露光装置等が用いられ、高精度に作成されるようになっている(同1頁19行ないし2頁3行)。

電子ビーム露光において、フォトマスク等の基板、すなわち被露光材1を露光する場合、それ以前に露光した位置に対応して正確に露光する必要があるが、被露光材1を前回露光した位置に完全に一致させることは現実には不可能であるため、従来は、第3図のように、被露光材1を設置したステージ2の一部に電子ビーム検出装置3等を設置し、ステージ2に設けられた検出マーク4からの信号を電子ビーム検出装置3で検出し、電子ビーム5を正確に位置決めしていた(同2頁6行ないし16行、昭和61年6月16日付け手続補正書2頁7行、8行)。しかし、電子ビーム検出装置3がステージ2自体に設置されているため、被露光材1が機械的移動等で動いても全く検知されず、正常な位置にあるものとして被露光材1に電子ビーム5が描画される。このため、精度よく被露光材1に電子ビーム5が描画されず、高精度のパターン描画ができないという欠点があった(明細書3頁3行ないし11行)。

本願発明は、以上のような従来の方法の問題点を除去するためになされたもので、被露光材表面の所定パターンを走査し、その位置を検出後、検出信号に従って電子ビーム露光する方法を提供することを目的とする(同3頁12行ないし16行)。

(2)構成

本願発明の電子ビーム露光方法は、被露光材表面の縁部にあらかじめ検出マークを形成しておき、この検出マークを各スキャン毎に電子ビームで走査し、これから得られる信号により、被露光材表面上の位置に対応して被露光材表面を電子ビームにより露光するようにするため(明細書3頁18行ないし4頁3行)、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(平成5年10月22日付け手続補正書3頁2行ないし11行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、被露光材表面の検出マークを各スキャン毎に電子ビームで走査し、被露光材表面から得られる信号により、被露光材表面上の位置に対応して被露光材表面を電子ビームにより露光するようにしたので、被露光材が機械的に移動した場合でも、露光位置を正確に位置合せすることができ、極めて正確かつ能率よく微細パターンを形成することができる(明細書7頁8行ないし16行)。

2  原告は、本願発明が要旨とする「被露光材」は「フォトマスク」に限定して理解されるべきであるから、これが「ウエーハ」をも含むものとし、引用発明における「ウエーハ」が本願発明の「被露光材」に相当するとした審決の一致点の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、発明の要旨認定は、特段の理由がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ、本願発明が要旨とする「被露光材」とは、電子ビーム露光方法の技術分野において、電子ビームを照射することによってパターンを形成する素材を意味することは当業者にとって一義的に明確である。のみならず、前掲甲第4、第5号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「この発明は例えば、半導体ウエハあるいはフォトマスク等の基板上に電子ビームを照射して露光することにより微細パターンを形成する電子ビーム露光方法に関するものである。」(明細書1頁14行ないし17行)、「電子ビーム露光においてはフォトマスク等の基板、すなわち被露光材1を露光する」(同2頁6行ないし8行、昭和61年6月16日付け手続補正書2頁7行、8行))と記載されていることが認められ、本願発明が要旨とする「被露光材」が、電子ビームの照射によってパターンを形成しうる素材であって、ウエーハあるいはフォトマスクを含む上位概念であることが発明の詳細な説明の記載からも明らかにされているのであるから、これを「フォトマスク」のみに限定して解釈すべき根拠は全くないといわざるをえない。これらの記載は本願発明が対象とする電子ビーム露光の概括的かつ一般的な説明、あるいは従来技術の説明部分であるという原告の主張は、前掲甲第4号証の「半導体ウエハ等においては、電子ビームによる露光を一部採用し描画されているが、フォトマスク等においては検出マーク12の検出方法、検出材質、描画スピード等の問題があり実行されていない。」(5頁18行ないし6頁2行。ただし、この記載は[実施例]の記載中のものである。)という本願明細書の記載を加味して考えても、採用することができない。

もっとも、前掲甲第4号証によれば、本願明細書には、「この発明においては、(中略)フォトマスク上の一点に異種物質15等により検出マーク12を容易に形成することができ、かつフィルタ回路、微分回路を設けてあるため容易にマーク検出することができるため、高速で高精度の電子ビーム描画が可能である。」(6頁3行ないし8行)、「検出マーク12自身の形成はフォトマスク描画前にあらかじめ異種材料を形成する必要があるが、形成方法は蒸着、エッチング、現像方法等で極めて容易に形成でき、かつフォトマスクの品質上何ら影響を及ぼさない。」(6頁13行ないし17行)と記載されていることが認められる。

しかしながら、これらの記載は本願発明の一実施例の説明としてなされているものである。のみならず、前掲甲第4号証によれば、「検出マーク12は第2図(a)、(b)に示すように、被露光材1に異種物質15を形成するもの、あるいは第2図(c)、(d)に示すように凸部、凹部を形成してあるもの、さらには第2図(e)に示すように平面状に形成してあるもの等がある。」(5頁5行ないし9行)と記載され、本願発明が要旨とする「検出マーク」がフォトマスク上に異種物質により形成されたものに限定されないことが明らかにされていることが認められる。したがって、本願明細書の前掲各記載も、本願発明が要旨とする「被露光材」が「フォトマスク」に限定して理解されるべきことの論拠とする余地はないというべきである。

3  以上のとおりであるから、本願発明は審決認定の相違点においてのみ引用例記載の発明と相違しており、かつ、相違点に係る本願発明の構成は単なる周知技術の適用であって格別の技術的意義を認めることはできないとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

〈省略〉

1:被露光材 11:偏向器

2:ステージ 12:検出マーク

5:電子ビーム 13A 13B:反射電子検出器

6A 6B 10:増幅器 14:各種回路

7A: 7B:AD変換器

8:電子計算機

9:DA変換器

〈省略〉

3…電子ビーム検出装置

4…検出マーク

別紙図面 B

11…試料であるウエーハ 12…チップ領域 13a、13b…位置合せマーク 14…露光パターンの帯 15…位置補正マーク16a、16b… 電子ビーム走査線 21…電子ビーム

22、22a、22b…電子ビーム偏光システム 23…円形電子ビームの断面形状 23a、23b…幅A、長さBの可変矩形電子ビームの断面形状

〈省略〉

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